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千葉地方裁判所八日市場支部 昭和61年(ワ)48号 判決 1987年11月18日

原告 日高榮一

右訴訟代理人弁護士 滝沢信

同 藤井一

同 大塚喜一

被告 日新火災海上保険株式会社

右代表者代表取締役 永松和彦

右訴訟代理人弁護士 宮原守男

同 倉科直文

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金一二〇〇万円及びこれに対する昭和六一年五月一〇日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  自動車保険契約の締結

訴外合資会社日高電機工業所は、昭和五九年一〇月一六日、保険事業を営む被告との間で、被告の自家用自動車保険普通保険約款に基づき、次の内容の自家用自動車保険を締結した。

(一) 被保険自動車 軽四輪貨物自動車(千葉四〇ク七六六八)

(二) 保険期間 昭和五九年一〇月一六日から一年間

(三) 担保の種類及び死亡保険金額

対人賠償 七〇〇〇万円

自損事故 一四〇〇万円

塔乗者傷害 一〇〇〇万円

(四) 保険料 二万一一三〇円

そして、右保険契約上の被保険自動車は、その後、昭和五九年一一月一七日に車両番号「千葉四〇つ九八一六」の軽四輪貨物自動車に変更された。

2  事故の発生

原告の妻日髙静子は、昭和五九年一一月一九日午前一〇時四五分頃、銚子市後飯町三番地の一所在「カフェ・ド・パール」前路上において前記被保険自動車を運転して後退中、右店舗壁面に衝突した(以下、「本件事故」という。)。

3  日髙静子の死亡

日髙静子は、昭和五九年一一月一九日午前一一時五五分頃、銚子市東町五番地三所在の島田病院においてクモ膜下出血により死亡した。

4  因果関係

日髙静子のクモ膜下出血は、本件事故の衝撃により発病したものである。

5  相続関係

日髙静子の相続人は、夫である原告と子である日髙忠雄、日髙伸幸及び日高弘幸の四名であり、原告は夫として日髙静子の権利義務を法定相続分の割合に応じて相続によって承継した。

6  保険金請求

よって、原告は、被告に対し、右保険約款の自損事故条項による死亡保険金一四〇〇万円と塔乗者傷害条項による死亡保険金一〇〇〇万円の合計金額の二分の一にあたる一二〇〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和六一年五月一〇日から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1ないし3の各事実は認める。

2  同4の事実は否認する。

原告主張の自損事故条項による死亡保険金及び塔乗者傷害条項による死亡保険金の各請求権の発生要件は、「被保険自動車の運行に起因する急激かつ偶然な外来の事故により被保険者が身体に傷害を被った」ことである(前記約款第二章第一条、第四章第一条)。

しかしながら、日髙静子の死因は、脳動脈瘤破裂によるクモ膜下出血であり、本件事故は、事故車両及び壁面の損傷が極めて軽微であるうえ日髙静子には何らの外傷も認められなかったことから明らかなように、そこから生じた衝撃は極めて軽微なものであって、同女にクモ膜下出血を起こさせ得るとは到底解し難いものである。これらのことから、日髙静子は右車両を運転中にクモ膜下出血により意識不明となり、そのために本件事故が発生したことが明らかであり、本件事故と同女の死亡との間には原告の主張する如き因果関係は全くない。

よって、同女の死亡は、右約款上の「運行に起因する外来の事故による」ものということはできず、原告の主張する各保険金の請求権は発生していない。

3  同5の事実は不知。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因1ないし3の各事実については、いずれも当事者間に争いがない。

二  原告は、日髙静子は本件事故により発病したクモ膜下出血により死亡した旨主張(請求原因4)し、被告は右因果関係を争うので、この点について判断する。

まず、《証拠省略》によると、本件事故直後に搬送された病院において、日髙静子には外傷が全く認められなかったこと、同女の脳の内部に大量の出血が認められたこと、同女の発病から死亡に至るまでの時間が短時間であること、同女は脳動脈瘤破裂によるクモ膜下出血の高発年齢であったこと、脳動脈瘤破裂の誘因としては高血圧が多いこと、同女は生前、高血圧が原因と思われる頭痛の症状を訴えていたことがあることが認められ、また、同証人は同女の死因を、自己の臨床医としての経験に照らし、外傷に起因するクモ膜下出血ではなく脳動脈瘤破裂によるクモ膜下出血であると判断したことが認められる。

つぎに、《証拠省略》によると、日髙静子はこれまでに四、五回本件事故現場付近に車を停めて近くの友人宅を訪れたことがあって同所付近の地形を了知しており、これまで車による事故を起こしたことがなかったことが認められ、本件事故のあとに本件事故車両を写した写真であることについて当事者間に争いのない《証拠省略》によると、本件事故による車両の損傷は、リヤードアの一部に数センチメートル程の凹凸が生じただけであったことが認められ、本件事故後に同現場付近を写した写真であることについて当事者間に争いのない《証拠省略》によると、本件事故車両が衝突した前記「カフェ・ド・パール」の店舗壁面には、これが衝突の跡であると指示されればそうかとも思われる痕跡は認められるものの、車両が衝突した跡であることが一見して明瞭な痕跡は残っていないことが認められる。

そこで、以上のことから考えると、本件事故により日髙静子が受けた衝撃は、さほど大きなものとは認められず、よって、このことだけで同女にクモ膜下出血をもたらす程のものとは到底解し難く、かえって、同女は車両を運転中、突然脳動脈瘤が破裂してクモ膜下出血の症状にみまわれ、意識不明の状態にななったためその直後に本件事故が発生したものと推認されるから、本件においては、本件事故と同女のクモ膜下出血による死亡との間に原告の主張するような相当因果関係を認めることはできない。

三  よって、その余の点について判断するまでもなく、本訴請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 北村史雄)

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